DESIGNER TALES
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1日に2回の休日出勤。。。
3連休初日の今日、2回目の出勤中、ひとりぼっち(泣)。
営業がものすごいアホなポカしてくれたもんだからという理由と、
営業もうまくスケジューリングをしなかったし、確かに客先の要求も
ちょっとええーっ?!ぐらい急、という両方とも「なんだかなー」な
理由でです。。。

今日は元からちょっとした、でも動かせない用事があったので
出掛ける前、朝早くに出勤し、1つめの問題を処理し、
自分の用事で出掛け、それから2つめの問題を処理するために
帰りにまた寄ったというワケ。

でも、「なんだよやってらんねーよ!!」ってつっぱねたい気分だけど、
そうすると休み明け火曜の自分の首を絞める、というか結局もっと大変に
なるのと、お客さんにスゴい迷惑をかけることになるのは分かってたから
致し方なく出ました。
それに、ずーっと気になったまま休みを過ごすなんてのはヤだしね。
イヤでも無理しても、「今、出来ることはやった」って思えた方が
単に気休めかもしれないけど、そっちの方がいい。。。
だって久々に頭と身体を休める予定だったんだもん、この休み。。。(泣)

1つ目の問題は、結局クライアントさんと連絡がついたのが、
もう僕がタイムアウトで出掛けた後、駅のホームから連絡をして確認取れて
無事、解決。ホッ。。。

2つ目は、こちらもクライアントも休みに入ってしまった今となっては、
スケジューリングし直しすることもできず、
最悪のことを考えて作業を前倒しにするために出勤しただけなので、
まだ結果は出ず。
でも、ここまで出来ることはやったから、あとはフタを開けてみて
それからの対処になるんだろうな。

さ、とっととやって帰ろっと。
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あまり気分が良くなかった日 2
地元に、たいがいの人が名前を聞いたことがある天麩羅屋さんがある。

僕も、それこそ幼稚園前からその店へは何かというと連れてって貰ってた。
何度行ったかわからない。

僕のその店のイメージは、「お通し」で必ず出されるボイルしたイカに辛い
酢みそを添えた小鉢、いつも靴箱に「はまってた」トラ猫(天麩羅店に猫が
闊歩してるのがいいかどうかは別とし...)、その猫と同じ顔をしていた
(←あくまで小さい頃の僕の印象)肝っ玉母さん的キャラの女将さんの3つ。
先天性猫好き野郎の僕には、その店に行く楽しみの一つは猫に逢える事だったり
したもんなぁ。
子供の頃から「酒の肴」系の食べ物が大好き(周囲の大人に将来、呑み助に
なると言われ続けていたが、その通りになってしまった)だった僕は、
そのイカを人の分まで貰って食べていたし。オレンジジュースの肴にね(笑)。

...って、天麩羅の話が出てこないけども(笑)、「かき揚げ丼」のイメージが
強く、もうちょっと成長してからはカウンターで食べに行ったりもしてた。
とってもボリュームがあるかき揚げ丼でね。
板さんが「小さいサイズにしますか?」ってあえて聞いてくれるの。
小さいサイズにしても量がスゴいから、通常サイズは不可能なんだよ(笑)。

その板さんが独立し、本当に小さな小さな店を駅の近くに開いたのは
いつだっただろう?
僕も「あの○○○の板さんが店出したんだって!」と聞いて、おおっと思った
のです。でもなかなか行けず仕舞いで少しの時間が経ち、気づくとその店は
早々に閉まってしまったのでした。
一度も行くことができませんでした。

今日、その板さんが亡くなったことを聞きました。
お店が閉まってからどのぐらいだろう? 駅前なので、駅を使うたびに横
を通ってはなんとなく
「どうしたのかな。一度も行けないうちに無くなちゃったよなぁ」程度に
いつも思っていたのでした。
自殺だそうです。人から聞いた話では、自宅の風呂場で首を吊ったそうです。

大人になってからほとんど足を向けることはありませんでしたが、
小さい頃の思い出がたくさんあった天麩羅屋さんの、顔もよく思い出せる
板さんだけに、少なからずショックだったし、なんだかとても哀しい。
たくさんの色々考えることがあったんだろうと思います。
僕はただココロの中で「あの時はごちそうさま」って言ってみることしか...
できない。
あまり気分が良くなかった日 1
こういう言い方は語弊があるのかもしれないけど>タイトル

やはり、この話になるよね、今日は。
あれから5年経ったということも、些か驚きだった。

最近、気づいてたことがあるのです。
911については、僕は色々な面から......大した事は発言できません。
色々な状況や情報を把握しているワケでもないし、
911後の世界についても、極めて個人的に思うこと以上は
こういう場で意見を述べるほどの材料も意見も信念みたいなもんも
持っていないのが事実です。

あの日、僕は、帰ってきて自室でTVをつけて初めて知りました。
その時点ではまた第一報ぐらいで、タワーもその姿を保っていたのです。
「何か大変なことが起きたらしい」
そのぐらいしかない情報の中、そうこうしてる間に2機目の激突をリアルタイムで
目撃することになりました。やがてタワーはアッという間に崩壊しました。
僕は相方と何度となくメールのやり取りをしながら、とんでもない感と言うか、
映画のようで妙にリアルな感じがしない感、あとは単純に恐怖を感じていました。
......その日のことは、鮮明に記憶しています。

でも、僕は.....僕の知人、親戚などで直接、被害に遭った人はいない。
TVで観ていた、それこそ語弊はあるだろうけど、言ってしまえば...ギャラリーの一人
でしかなかったと思います。
たくさんの事を相方と話し、ニュースを観ながら泣いたけど、所詮。
いくらかの時が流れれば、大変なことが起きた、という意識はあるにせよ、
自分自身の普段の生活は普通に行えている「外側の人間」でした。

それが、どうも自分はあの事件が、自分が思っている以上に衝撃的だった、
ショックを受けているんじゃないかと思い始めたのは、最近になってからです。
確かにリアルであの映像を観てはいます。
けど当時それを、不謹慎ながら「映画みたいでリアリティがなかったよ」なんて
言ってもいました。
なのに、どうも、あのことが、僕の中に自分で自覚する以上にショックだった
ようなのです。

最初に書いたように、僕は大それた自分の意見をこの事件に対して言うことは
できないでいます。誰を悪いと思うか、何がいけないのかという点においてです。
(それは自分の意識の低さと怠慢です)
そんな自分ですが、いつの日からか、911関連の映像、話題、ニュースを聞いたり
目にするたび、行ったことのないグラウンドゼロを(TVで観ている映像でしか
知らないけど)思い浮かべるたびに、自分でも制御できないぐらい辛くなるのです。
まるで、なんていうか、条件反射というか何というか。
それは、涙が止まらないという現象になって現れます。

あの事件によって誰かを失った誰か、傷ついた人......からすれば
ふざけるな、と言われてもしょうがないですが、
それでも、ココロではなく身体が先に、という感じで、そういう反応を示す自分がいます。

色々なことに対し、あまり動じないと、自分のことを思っていますが、
身体の内側からこういう現象が自然と出てきてしまうことに、
一種の薄気味悪さを感じます。
あの日起きたこと、僕がテレビを通じて目にしたことは、
同じようにテレビで観ていた「その他大勢」の一人でしかない僕に
自分でも意識できない所で、大きな恐怖を与えていたようなのです。

誰も、誰かの命は奪えない。
そんな、言えば簡単なことが、世界中どこでも守られることが難しいという現状に
僕はいるんだなって。しかもそれは、時が流れるにつれ絶望的になってるなって、
そういう今にいるんだなって、「ふーん...」と、思った今日でした。
どんぴっしゃん。


リコール疑惑(^_^; だったウチのiBookのうち、僕がメインで
使っている子だけが見事ビンゴ(泣)。
バッテリー交換プログラムに申込みと相成りました。。。
なんか、届くのは随分先になるみたいだけどね。。。
ご無沙汰です。。。
いやー、蜘蛛の巣の上で遭難してました(泣)

オーバーフローしたのと首を痛めたのと(3回目)が同時に来た後に
見事に風邪ひきましてん。でも仕事、休めないワケでしてん(泣)。
首の淋巴節がぷくぷくになっちゃった。。。
で、明日は休みだからちょっと無理してでももう大丈夫...とか
思ってたら、明日、出勤でやんの(滝泣)。

でもいいの。いいのったらいいの。

だってだって。

今日はV様に逢える~日ィ~っっ!!(悶絶)

。。。って、しっかり11時半すぎに会社にて密林さんから
受け取りましたがな(笑)。
パッケージ横に置いてまんがな。
熱出てようが身体が痛かろうが、顔だけはニヤついてますがな。


ってことで、『V for VENDETTA』、本日発売ですっ!
みなさん、買って帰ってください!!(笑)
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